プロット:舞台は亜熱帯気候の農村、山をひとつ超えると似た民族が住んでいて
じように集落を形成している、しかし少年たちの農村ではそのB村を過去の紛争の頃から忌み嫌っており、
大人たちは子供にその存在を知られないようにしている
「だからぁ、カッパは本当にいるんだよ!」
食器茶碗やら湯呑をそこら中にひっくり返して、彼は怒鳴った
隣にいた奴は顔にかかった食べ物の汁を拭いながら
「馬鹿馬鹿しいな」と呆れ返っていた
そこにいる誰もが彼の話を信じようとはしなかった
また僕もその一人だった
僕は河童が実際に存在するかどうかなんて、
今まで考えたこともなかったし、考えようとも思わなかった
実際その辺の川を泳いでいたって、
見なかった振りをして今日を生きていくに違いない
僕たちは学校帰りに茶屋で駄弁っていた
学校の側を流れる大運河の上にはこういった喫茶がいくつも軒を連ねている
店の佇まいはどこも大概見窄らしいもので
屋根が崩れ落ちているか、床から川底が覗いているかのどちらかだった
店内は魚の煮物やら野菜の油炒めやらの、香辛料の匂いで充満していた
「間違いない、俺は見た!奴は洞窟に出入りしてやがんだよ」
ペケはむきになって熱弁するが、誰も彼の話なんて聞いちゃいなかった
茶屋の開け放たれた入り口から夕方の涼しい風が流れてきた
ふと、気になって遠くの水面を見る
僕はぎょっとした
船に乗った男が目を光らせて、こちらをじっと見ていたのだ
急いで茶屋の戸を閉めた、心臓がバクバクと脈打っている
あいつはジーチーと呼ばれていた
山脈の麓の水域を朝から晩まで意味もなく徘徊している変わり者の男だ
背がべらぼうに高くて、竹笠を深くかぶっている為、顔はよく見えない
街の人間からはジーチーと呼ばれ、気味悪がられていた
ジーチーが何者で一体何処からやって来たのかこの街で知る者は誰ひとりいなかった
ペケは相変わらず延々と同じ話を繰り返していた
しびれを切らしたセイロンが話を遮った
「なぁ、また沼へ釣りに行こう、来るだろ?」
スープをすすりながら横目で僕に尋ねた
僕は大して気乗りしなかったが迷う素振りをして見せた
「ペケ、お前もついてこい」
ペケは話が嘘だと思われたのが癪に障ったようでそっぽを向いてぶつぶつと文句を垂れている
彼の膨れ上がった頬を見てセイロンはにやりと歯を見せると
「おっと、お前はカッパ釣りに行くんだったな
一緒に行けなくて残念だよ、俺だって妖怪退治したくてたまらないのさ」
と言って下品な笑い声を立てた
そこに黒人奴隷の女が食器を片付けにきたので、セイロンがふざけた調子で尋ねた
「おい、カッパを知ってるか?」
太った初老の女は僕たちをぎろりと睨むと
「ノクヮ(知らない)」と無愛想に答えた
そしてさっさと出て行けと言わんばかりに乱暴に食器を重ね始めた
僕は肩をすくめて女が食器を片付けるのを手伝った
「よせ、奴隷の仕事を奪ってやるなよ」とセイロンが苦い顔をした
「老婆に任せていたら、店を出るまでに日が暮れるだろ」
と答えるとセイロンは満足気にククと笑った
店を出て岸に付けた小舟に乗り込んだ
僕とセイロンは村の外れにある池に付いた
森の奥からオケラが不気味に泣いているのが聞こえる
種類のわからないようないくつかの鳥の鳴き声が入り混じって反響している
ここは村の人間でも滅多に立ち寄らない池で昼間でも薄暗かった
村の中学生の間では、まるまる太った大魚が採れると専ら話題になっていた
枯れた水草の茎に蜻蛉が泊まったり、離れたりを繰り返していた
僕たちは何度も修復された跡が残るオンボロの船に乗った
頬に冷たい感覚を感じて触ると水で濡れていた
あっ、と言う間にシャツにまだら模様を作っていき、生ぬるい不快感が肌を打った
すぐ近くの岸に船をつけて跳ねるように洞窟の中に駆け込んだ
息をぜぇぜぇと切らして、黒く濡れた岩壁に座り込んだ
地面はぬるぬるとした苔で覆われていて足の裏が気持ち悪い
「さぁどうする?」
セイロンは濡れた前髪を搔き上げて、額をシャツで拭った
僕は肩をすくめて、その辺を当てもなくふらふら見回していた
洞窟の表面は黒い岩肌で覆われて、足元は固くて凸凹している
生ぬるい熱を持った湿気が立ち込めており、出口を求めてあてもなく循環していた
時折天井から落ちてくる雫の音が洞窟内で反響して、不気味な雰囲気だ
洞窟の奥を覗いてみても、底の見えない闇があるだけで何も見えなかった
入り口付近に使い古された手押し車や、曲がりくねった鉄工具などが、投げ捨てられたように置いてあった
「行こうぜ」
その時突然、真後ろでボチャンと水に何かが落ちる音がした
空気の動きが止まる、暗闇が鋭利な刃物となって
「何の音だ」
僕は完全に腰が引けてしまった、
セイロンにそれを悟られたくなくて、暗闇の奥に小石を投げてみせた
「お坊ちゃん、今のうちに帰ったらどうだい?
大切な体に擦り傷を作ろうもんなら、お前の母ちゃんはさぞ悲しむだろうねぇ」
彼が黙って歩きだしたので仕方なくついていくことにした
「なぁ、本当にカッパはいると思うか?」
彼は真面目腐った顔で洞窟の奥を見つめていた
「どういう風の吹き回しだよ」と僕が笑うと
また彼は黙って歩き出した
額を嫌な汗が伝っていく、シャツはべったりと背中に張りついて気分が悪い