うんこ置き場

房ノート有料化に伴い汚物、垂れ流します

死ね!社会

すべては現実味のない夢だった
尖った光がそこら中を白く覆い、道路を歩いても感触を感じない
空気は固く、街は静止画のようだった
吸い込まれるように駅の階段を下る、
どこかへと向かう人達の中で僕は誰でもなかった
僕は腹が立つと歯止めが聞かない性分だった
些細なことで手を挙げてしまうことがあった
何もかも破壊するにはほんの些細なきっかけで十分だった
気づいたら彼らは床で血を流していた
過ぎ去る人は、怯えたように僕をじろじろ見るか、
何も見えていないかのように無関心を装うのだった
 
 
職員室に電話の音が鳴り響く
煙草の火を潰して受話器を取る
生徒の声は息が荒く興奮した様子だった
どうやら駅の方で生徒が不祥事を起こしたらしい
怪我人が出たらしく、大きな騒ぎとなっているようだ
煙草は半分以上残っていた、それはそうだ
ついさっき家を出て、たった今職場に着いた所なんだから
上着をひったくって、乱暴にドアを閉めた
 
いつまで立っても信号は赤いままだった
物が散乱した足元からマルボロの箱を拾う
記憶の引き出しから一人の男子生徒を探していた
「須田...」
受け持つ生徒ではなかったが、顔くらいは一致する
誰でも少しくらい印象に残るものだが、彼を覚えていなかった
駅に近づくと救急車のランプや野次馬の人だかりが見えた
責任感が現実的な重みを帯びるのを感じた、
覚悟はできている、精神が身体に追いつかないのだった
人混みを掻き分けて、救急車付近の看護師に遠くから声を掛ける
頭から血を流した男子生徒が担架に乗せられて運ばれていくのが見えた
数人の生徒が近くに来て息切れ切れに説明を繰り返している
駅の階段前は人がごった返し、むせ返るようだった
なんの気もなしに線路奥の暗い藪林を見た
一瞬のことだった、フェンス越しの彼と目が合った
須田 啓、それが誰なのか今ははっきりと分かるのだった
 
僕は走っていた
街の色彩が目まぐるしく駆けて行く
心臓がドクドクと脈打つのを感じた
額からぬるい汗が伝っていく
呼吸が大きく乱れて、肺は締め付けられる
その感覚は何よりも生々しく、心地が良かった
僕はひたすらに走り続けるしかなかった
ここで立ち止まったら、のしかかる重圧に耐えられそうにない
今もあの顔が残像となって脳裏に焼き付いて離れなかった
教師は僕を見ていた、
姿だけではない、僕のいままでの経緯や心の中をすべて見ていた
あの黒い眼が僕を捕らえ、どこにも逃げることができなかった
いつか捕まってしまうことは分かっていた
ただ、勝手に僕の領域を侵されたことが恥ずかしかった
丸裸にされた僕はなんとも情けない姿だった
誰にも見られたくなかった、受け入れる時間が必要だった
自動販売機の横に腰をかけた
血が全身を巡る音を聞きながら遠くで行き交う車を眺めていた
授業は既に始まっているだろう、このまま全てを捨てて逃げてしまおうか
リュックに手をかけて立ち上がろうとした時、
ひとつ挟んだ通りに男が見えた
咄嗟に逆方向に駆け出した、つもりだったが足にうまく力が入らない
知らないうちに随分長い間走り続けていたのだった
空回りした瞬発力は、僕の膝をコンクリートに叩きつけた
腰が抜けてしまい立てなかった、ただ地面にへたりこんでいた
これから受ける処罰の重みと裏腹に妙に安堵していた
日差しの暖かさや草や土の匂いが、僕を優しく包み込む
「来なさい、」
雑草が風になびいているのを横目に眺めていた
僕も先生も黙ったままだった、
時間は永遠のように感じられた
鉄橋の上で電車が走っていく轟音や、遠く街の喧騒だけが
薄暗い裏通りで反響していた
先生はか細い手首を強引に掴んで立ち上がらせた
僕はよろめきながら引きづられていくしかなかった